ランチェスター戦略

ランチェスター戦略

ランチェスター戦略は、戦争においての勝ち負けの分析から生まれ、それをビジネスに応用したものです。まずはオリジナルである、戦争におけるランチェスター戦略について解説し、次にビジネスでの応用についてご紹介します。

【戦争におけるランチェスター戦略(オリジナルの考え方)】

イギリスの航空エンジニアであったF.W.ランチェスターは、空中戦闘における戦闘機の数と損害量に法則があることを発見しました。その後、第2次世界大戦時に、アメリカ軍はコロンビア大学の数学教授クープマンら学者を集め、さらに理論を発展させました。

ランチェスター戦略は2つの法則から成りますが、この「法則」という日本語訳は誤解を呼ぶリスクがあります。戦争には大きく分けて2つの「場合」、「状況」、「ケース」があるという意味です。

● 第一の法則(第一の場合、状況、ケース)

刀、槍など一人が一人しか攻撃できない単発兵器で一騎打ちの戦いをする場合、以下の数式が成り立つ。

A0-At = E(B0-Bt)

A0: A軍の初期の兵員数
At: 時間tにおけるA軍の残存する兵員数
B0: B軍の初期の兵員数
Bt: 時間 t におけるB軍の残存する兵員数
E: 武器性能比(Exchange Rate)=(B軍の武器性能)÷(A軍の武器性能)

仮に以下の状況を想定しましょう。
武器性能:両軍で同じ
A軍:20名
B軍:5名

B軍の5名が死亡して全滅した時、A軍も同じ数の5名が死亡します。しかしA軍は人数が多いので15名が生き残って勝利するという状況を指すのが第一法則です。

● 第二の法則(第二の場合、状況、ケース)

鉄砲、爆弾などの飛び道具などで多対多の戦いをする場合、以下の数式が成り立つ。

A0の2乗-Atの2乗 = E(B0の2乗-Btの2乗)

この場合に、B軍の5名が死亡して全滅した時点でのA軍の残存兵員数は以下の式を解けば得られます。

20の2乗-Xの2乗=5の2乗

X≒19.3 となり、A軍は約1名の被害で済む計算になります。

<我々の考察>

「人数が少ない軍は、一騎打ちに持ち込め」。「人数が多い軍は、こちらの複数名で相手の1名を攻撃できる状況をつくれ」。うすうすわかっていたことかもしれませんが、2つのケースを明確に分けた点にランチェスター戦略の鋭さがありそうです。また、それをシンプルな数式で表現したのも、この理論の説得力の源となっています。

しかしここで提示されている数式が実戦で活用できるかには疑問が残ります。

まず第一の法則ですが、純粋な一騎打ちならこの数式があてはまります。が実際の戦いではその状況は稀ではないでしょうか。つまりB軍の5名に対してA軍の5名が一騎打ちをしている間に、A軍の残りの15名は、ただ傍観しているという状況が想定されているわけです。刀や槍の戦いでもB軍の5名をA軍の20名がぐるりと包囲した場合は、死亡者数が同じにはならず、A軍の被害が少なくて済むはずです。

第二の法則は厳密な数学的理論ではなく、イメージ式ととらえると良いでしょう。例えば「成果=能力×努力」といった表現と似たものです。同じ「飛び道具」でもピストル、マシンガン、手りゅう弾では状況が変わってくるのは当然ですが、そういった変数は第二法則の式に一切考慮されていないことからも、これはイメージ式に過ぎない根拠と言えそうです。例えば同性能のピストルでの戦いなら、上記の例の20名のA軍は1名だけの犠牲で5名のB軍を全滅させることが出来そうです。第二法則があてはまる納得感があります。しかし、これが同性能のマシンガンならどうでしょか。4倍の人数をほこるA軍でさえ、もっと多くの死亡者を出しそうです。さらに約15メートルの距離で直面する両軍が同性能の手りゅう弾を「せーの」で投げ合ったらどうなるでしょうか。5個と20個の手りゅう弾が飛び交った後、両軍とも瞬時に全滅し、第二法則からの予測は役に立たないことがわかるでしょう。

【ランチェスター戦略のビジネスへの応用】

● 弱者の戦略 vs. 強者の戦略

軍事戦略として展開したランチェスター戦略でしたが、それを企業の販売戦略として応用し、体系化して普及させたのは、日本のコンサルタント田岡信夫です。彼は弱者の戦略と強者の戦略を以下のように対比しています。

弱者の戦略:局地戦を選ぶ/接近戦を展開する/一騎打ちを選ぶ/兵力の分散を避ける/敵に分散と見せかける陽動作戦をとる

強者の戦略:確率戦に持ち込む/一騎打ちを避け、総合戦を展開する/接近戦を避け、間接的、遠隔的戦闘場面を作る/圧倒的な兵力による短期決戦を行う/敵を分散させる陽動作戦をとる

● 市場シェアの意味

また、ランチェスター戦略においては市場シェア%が持つ意味が定義されています。

『強者のシェア』
73.9%(上限目標値)
独占的となり、その地位は絶対的に安全となる。

41.7%(安定目標値)
地位が圧倒的に有利となり立場が安定する40%は首位独走の条件として多くの企業の目標値。

26.1%(下限目標値)
トップの地位に立つことができる強者の最低条件。安定不安定の境目。これを下回ると1位であっても、その地位は安定しない。

『弱者のシェア』
19.3%(上位目標値)
ドングリの背比べ状態の中で上位グループに入れる。弱者の中の強者。26.1×73.9

10.9%(影響目標値)
市場全体に影響を与えるようになり、シェア争いに本格参入。10%足がかり。26.1×41.7

6.8%(存在目標値)
競合者に存在を認められるが、市場への影響力はない。これ未満を撤退の基準として使れる場合もある。 26.1×26.1

2.8%(拠点目標値)
存在価値はないに等しいが、橋頭堡となりうる。2.8%までは市場参入戦略を適用。2.8%から競争戦略を適用。6.8×41.7

● 射程距離理論(3:1の法則)

また、どの程度の強者となら、戦って勝ち目があるのか、その基準を教えてくれるのが、射程距離理論です。射程距離理論においては、局地戦や一騎打ちの戦いにおいては、3対1以上の差がついてしまったら逆転は不可能であるとされています。

これに対して、広域戦においては、√3対1以上の差がついてしまえば、逆転は不可能であるとされています。逆に言えば、敵に対して、3対1もしくは√3対1以上の差をつけてしまえば、まずその地位は安泰であると言えます。ですから、圧倒的な強者に無謀な戦いを挑み、いたずらに損害額を増やすよりは、そのような強者との戦いを避けるべきであるというわけです。また、1位の企業からすれば、敵に3倍または√3倍以上の格差をつけることが、最終的な目標となります。

<我々の考察>

戦争の理論がビジネスにあてはまるのではという発想は独創的です。そして確かに両者において共通の原理が働いている場面も多そうです。規模の大きさ(人員数、工場の生産力、代理店数など)が企業の優劣につながる場合が多いことは納得感があります。また、規模が大きいからといって何の工夫もしないのではなく、その大きさをより競合優位性につなげる工夫をせよというメッセージも響きます。さらには規模が相対的に小さい企業でも、その不利を最小化する工夫があり得るという点も、多くのビジネスパーソンや経営者に勇気を与えてくれます。

しかし、オリジナルの(戦争での)ランチェスターの理論をビジネスに活用しようとすると違和感を感じる部分があることも事実です。以下にポイントを挙げてみます。

● 顧客の存在を無視
ランチェスター戦略には、打ち負かすべき「敵」と、守るべき「味方」しか 存在しません。昔は、ライバルの動向に注目して、いかに 相手をやっつけるかを考えていればよかったのかもしれませんが、いまや顧客の存在抜きに経営は成り立ちません。本当に向き合う相手は、ライバルではなく、 顧客であり、しかも、打ち負かすべき存在ではなく、良好な関係を保った上でお互いにメリットを分け合うべき存在なのです。戦闘の場面では敵と味方しか存在せず、勝つか負けるかしかないのは当然ですが、それをそのまま企業経営に置き換えてしまったところに無理がありそうです。

● 強者と弱者しかいない
ランチェスター戦略では強者、弱者のみが存在します。例えば「リーダー/チャレンジャー/フォロワー/ニッチャー」、「コストリーダーシップ/差別化/集中化」といった類型が広まった現在では、強者と弱者だけ2類型は多少乱暴な印象が残ります。

● 表現が抽象的

「一騎打ち」「局地戦」といった表現をビジネスにあてはめると、どうしても抽象度が高まってしまいます。ある人は競合と同じスペックの商品を出すことを「一騎打ち」と解釈するかもしれませんし、別の人はむしろ独自のスペックで商品を差別化して競合と戦うことを「一騎打ち」と解釈するかもしれません。

● 様々な数字の根拠が見えない

「3:1の差」、「73.9%のシェア」といった具体的数値で語られるのがランチェスター戦略の魅力ですが、これは同時に違和感の源でもあります。なぜ3:1なのか、73.9%という小数点1桁までこだわった数字がどのように算出されたのか、などの根拠が明示された資料や書籍はあまり出回っていません。