ずいぶん前のことになります。私は企業のリーダーたちにコーチングを提供していました。その中で、不思議な現象に気づきました。同じように準備し、同じように問いを投げかけているのに、クライアントによってセッションの手応えがまるで違うのです。
うまくいくクライアントは、私の質問をおもしろがって受け止めてくれました。その場で思考をめぐらせ、ときに沈黙し、ときに膝を打ち、新しい発見を自ら掴み取っていく。セッションが終わる頃には、彼ら自身が驚くような気づきが生まれていました。
問題は、もう一方のクライアントでした。彼らは私の質問に対して、前もって考え抜いた優等生的回答を立て板に水のように話しました。よどみない。論理的。しかし、そこに新しい発見は一切ありません。私は次第に、コーチングをしているというよりも「尋問」をしている気持ちになっていきました。質問を重ねるほどに、相手は防御を固め、私はますます詰めるような問いを投げてしまう。悪循環でした。
ここからが本題です。私はその違和感を開示することなく、「プロのコーチ」のふりをして、最後までスケジュールを淡々と終えてしまいました。心の中の戸惑いを胸の奥に押し込めて、表面的にはにこやかに、知的に、コーチらしく振る舞ったのです。その後、私はカール・ロジャーズの「自己一致(congruence)」という概念に出会います。そして思いました。あのとき、この概念を知っていたら、と。
ロジャーズの言う「自己一致」とは何か
カール・ロジャーズは、来談者中心療法を創始した臨床心理学者です。彼はクライアントの成長を促す援助者の条件として三つを挙げました。「無条件の肯定的配慮」「共感的理解」、そして「自己一致」です。
自己一致とは、援助者が自分の内側で実際に感じていることと、外に表現していることが一致している状態を指します。言い換えれば、「いまここで自分の中に起きていることに気づき、必要に応じてそれを率直に開示できる」あり方です。
これは「思ったことを何でも言う」ことではありません。むしろその逆に近いと言えます。自分の感情や違和感に蓋をせず、まず自分自身がそれに気づくこと。そしてクライアントの成長に資すると判断したときに、適切な形でそれを差し出すこと。これが自己一致の本質です。
なぜ自己一致が重要なのか
ロジャーズは、援助者が「役割」の鎧をまとった瞬間に、関係は機能しなくなると考えました。なぜなら、人は相手の不一致を敏感に察知するからです。表面的にはにこやかでも、内側で苛立っていれば、その緊張は必ず場に伝わります。クライアントは無意識のうちに防衛を固め、本音を語らなくなります。
逆に、援助者が自分の内側で起きていることに正直であるとき、その透明性がクライアントにも伝染します。「ここでは飾らなくていい」という安心感が生まれ、クライアント自身もまた自己一致へと向かい始めるのです。
あのとき、できたはずの一言
あの無力感を感じたクライアントとのセッションを思い出します。私が抱えていたのは「尋問しているような気になっている」という感覚でした。あの感覚を、攻撃ではなく開示として差し出すことができたなら。
「いま、私はあなたを尋問しているような気持ちになってしまっています。これは私の感じ方なので的外れかもしれません。ただ、この感覚を一緒に見つめてみたいのですが、いかがでしょうか」
このひと言があれば、流れは大きく違っていたはずです。クライアントは初めて、用意した答えの外側に出る機会を得たかもしれません。そして私自身も、「プロのふり」という鎧を脱ぐことができたでしょう。
コーチングは技法ではなく、関係性の質で決まります。自己一致とは、その関係性を成立させる、援助者側の最も静かで、最も強力な貢献なのです。
