カウンセリングやコーチングに役立つ「クリーンランゲージ」というコンセプトをご紹介しましょう。クリーンの反対は「汚れた」「汚い」ですから、「ふざけんな!」「ばかやろう!」といった言葉を使わない上品なコミュニケーションのことだとも思えます。が、「クリーンランゲージ」の意味は全く違います。
コーチングや対話の場で、相手の話を聴いていると、ついこちらが意味づけをしたくなることがあります。「そのことが不安なんですね」「それは大きな進歩でしたね」と、よかれと思ってコメントしたくなる。しかし、クリーンランゲージでは、ここで一度立ち止まります。大切にするのは、こちらの解釈ではなく、クライアント本人が使った言葉そのものです。
クリーンランゲージの「分子(モレキュール)モデル」は、そのための地図です。中心に置かれるのは、今ここでクライアントが語った言葉や知覚です。たとえば「私は、もっと強くなりたい」とクライアントが言ったとします。このとき、中心にあるのは「強くなりたい」という、その人自身の表現です。コーチはそれを「自信を持ちたいんですね」「勝ちたいのですね」などと置き換えません。まずは「強く」という言葉を、そのまま尊重します。
分子モデルでは、この中心の言葉のまわりに、十二個の質問の方向があります。分子の中心に原子核があり、そのまわりに電子が配置されているように、クライアントの言葉を中心にして、さまざまな探索の入口が広がっているイメージです。重要なのは、この十二個が「順番通りに聞く質問リスト」ではないということです。むしろ、今どの方向から光を当てると、クライアント自身の内側の世界が少し見えやすくなるかを選ぶための地図なのです。

十二の質問は、「9+3」と呼ばれることがあります。最初の九つは、今ある知覚やメタファーを展開する質問です。「ほかに何がある?」「どんなX?」「どこにある?」「XとYの関係は?」「XのときYはどうなる?」「何のよう?」「その直前に何が起きる?」「次に何が起きる?」「どこから来る?」といった問いです。これらは、クライアントの体験の輪郭を少しずつ明らかにしていきます。
たとえば「強くなりたい」という言葉に対して、「どんな強さですか?」と尋ねると、その強さの質が見えてきます。「その強さはどこにありますか?」と聞くと、体の感覚や空間的なイメージが出てくるかもしれません。「その強さは何のようですか?」と聞けば、「太い幹のようです」「静かな湖のようです」といったメタファーが現れることもあります。ここで起きているのは、コーチが解釈を足すことではありません。クライアント自身の内側にすでにある知覚を、本人の言葉で取り出しているのです。
後半の三つは、変化や意図に向かう質問です。「何が起きてほしい?」「何が起きる必要がある?」「Xはできる?」という問いです。ここで初めて、望ましい未来や変化の条件に焦点が移っていきます。普通のコーチングでは、早い段階で「では、どうしたいですか?」と聞きたくなるかもしれません。しかしクリーンランゲージでは、焦らずに、まずクライアントの内的世界を十分に展開します。そのうえで、望む結果や必要条件を尋ねるので、答えが表面的な行動計画にとどまりにくくなります。
このモデルが面白いのは、foregroundとbackgroundという考え方を持っていることです。
foreground:前景、前面に出ているもの、今意識の中心にあるもの
background:背景、背後にあるもの、周辺にあってまだ十分には明示されていないもの
前景とは、今クライアントが語っている言葉です。一方、背景とは、その言葉のまわりにまだ言語化されていない属性、場所、関係、時間、起源、条件などです。クライアント本人も、最初からすべてをわかっているわけではありません。質問されることで、「あ、そういえば、そこに重さがあります」「その直前には、いつも小さな諦めがあります」といった発見が生まれます。
コーチにとって大事なのは、賢そうな質問をすることではありません。むしろ、余計な意味づけをしないことです。クライアントが「壁」と言ったら、「障害」や「恐れ」と言い換えずに、「その壁はどんな壁ですか?」と聞く。クライアントが「胸のあたりが詰まる」と言ったら、「緊張ですね」と言い換えずに、「その詰まるは、胸のどのあたりにありますか?」と聞く。こうした小さな丁寧さが、相手の世界を汚さずに扱う姿勢につながります。
もちろん、実際の対話で十二個をすべて使う必要はありません。むしろ、全部を使おうとすると不自然になります。分子モデルは、あくまで地図です。地図を持っているからといって、すべての道を歩く必要はありません。今、目の前のクライアントの言葉がどちらに開きたがっているのか。その感触を大切にしながら、一つの問いを選べばよいのです。
クリーンランゲージの分子モデルは、対話における「謙虚さ」の技法だとも言えます。私たちは相手の話を聴きながら、つい自分の経験や理論で理解したつもりになります。しかし、本当にその人の世界を知るためには、本人の言葉に戻る必要があります。中心にあるXを急いで別の言葉に置き換えず、そのXのまわりを丁寧に探索する。そこに、クリーンランゲージの深い力があります。
