格闘技人生の、最後のテーマ ――極真空手に入門しました
学生時代の少林寺拳法、40代からのキックボクシング。そして今、極真空手の道場に通っています。オレンジ帯から黒帯まで、西田徹はこの人生でどこまで行けるか。
このサイトでは組織開発やコーチングの話ばかりしてきましたが、今日は道場の話をさせてください。私は現在、極真空手の道場生です。
三度目の道
私、西田徹の格闘技人生は、三つの時期に分かれます。

最初は学生時代の少林寺拳法でした。部活動で打ち込み、三段までいただきました。若い体で、毎日のように技を反復した日々です。
その後、社会人になり、長いブランクがありました。仕事に追われ、道場からはすっかり足が遠のいていました。
再び体を動かし始めたのは42歳ごろ。キックボクシングです。ご縁があって、元K-1選手の方にパーソナルで指導していただくという、たいへん贅沢な環境で続けることができました。ミットを打ち込む時間は、頭ばかり使う日々の中で、私にとって貴重な「考えない時間」でもありました。
しかし2025年1月、先生のご都合により、この稽古は終わりを迎えます。さて、これからどうするか。そこで選んだのが、極真空手でした。2025年の10月に入門しました。
壮年部という戦場
極真空手には「壮年部」という区分があります。一定の年齢以上の道場生が所属するカテゴリーです。若い選手たちのような瞬発力はもう望めませんが、そのぶん経験と工夫で戦う。壮年部には壮年部の面白さがあります。
そして先般、支部内の親善試合に出場する機会をいただきました。2026年4月、極真ルールの部で優勝。続く6月には、セミコンタクトルールの部でも優勝することができました。

支部内の親善試合ですから、大きな大会というわけではありません。それでも、この歳になって「優勝」という二文字の入った楯をいただけたことは、率直にうれしいものでした。試合場に立つときの、あの独特の緊張。相手と向き合った瞬間に、余計な思考がすべて消える感覚。何十年ぶりかで、その場所に戻ってこられました。
師匠と道場の先輩に恵まれて
いま楽しく修行を続けられているのは、ひとえに師匠と道場の先輩方のおかげです。
技術を教わるだけではありません。年齢も職業もばらばらな人たちが、同じ床の上で汗をかき、同じ号令で動く。会社の肩書きは、道場では何の意味も持ちません。そこでは私も一人の道場生であり、帯の色が大きな意味を持ちます。
私はふだん、研修講師やコーチとして「教える側」に立つことがほとんどです。だからこそ、この「教わる側」の時間が貴重なのだと、あらためて感じています。できないことを、できないままさらす。指摘を受け、また同じ動作を繰り返す。この感覚を忘れた講師の言葉は、どこか薄くなる。道場は、私にとって職業上の命綱でもあります。
オレンジ、青、黄、緑、茶、そして黒
極真空手の帯は、白から始まり、色を重ねながら黒帯へと向かっていきます。

いま私が締めているのは、オレンジ帯です。この先には、青、黄、緑、茶——そして黒帯が待っています。
正直に申し上げて、どの帯の色まで到達できるかどうかは分かりません。体力の衰えとの競争でもありますし、稽古を続けられるかどうかは、仕事や健康の状況にも左右されます。
それでも、これが私の格闘技人生の最後のテーマだと思っています。少林寺拳法で始まり、キックボクシングを経て、極真にたどり着いた。この道を、この人生でどこまで行けるか。なんとしても緑までは行きたい。そしてかなうなら茶色。大いなる野望は黒です。
押忍。
