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私は清元の名取です

| 西田徹 西田徹 株式会社エデュケーション

私は清元の名取です ――芸名・清元好徹寿


経営やコーチングばかり語っている私、西田徹ですが、実は江戸浄瑠璃「清元」の名取でもあります。清元とは何か、名取とは何か、そしてなぜ続けているのかをお話しします。


このサイトでは、リクルート時代の組織開発や、BCGでの戦略コンサルティング、コーチングの話ばかりをしてきました。今日は少し毛色の違う話をさせてください。

私、西田徹は、清元(きよもと)の名取です。芸名は「清元好徹寿(きよもとよしてつじゅ)」。プロフィールの隅に「邦楽を唄う」と一行だけ書いてきましたが、その中身をきちんとお話しするのは、このコラムが初めてかもしれません。

清元とは?

清元とは、正式には「清元節(きよもとぶし)」という、江戸時代後期に生まれた浄瑠璃の一流派です。文化11年(1814年)、初世・清元延寿太夫が創始しました。三味線の伴奏に乗せて物語を語り、唄う音楽で、歌舞伎の舞踊音楽として発展してきました。いまも歌舞伎の舞台で、役者が踊る後ろの山台(やまだい)に裃姿の演奏者がずらりと並んでいる場面をご覧になったことがあると思います。あの音楽の代表格の一つが清元です。

清元の身上は、高い音域を多用した、繊細で艶のある節回しにあります。一言でいえば「粋」。江戸の洒落っ気と色気を、声で表現する音楽です。語り手は「太夫(たゆう)」と呼ばれ、三味線方と組んで演奏します。私が務めるのはこの太夫、つまり唄う側です。

名取とは?

名取(なとり)とは、邦楽や日本舞踊の世界の制度で、師匠のもとで稽古を重ね、一定の技量を認められた者が、流派の名を冠した芸名を名乗ることを許されるものです。清元であれば「清元」の姓をいただくことになります。いわば、流派の一員として看板を背負うことへの免許です。

私の芸名「好徹寿」には、本名の「徹」の一字が入っています。いつ名取になったのかと聞かれると——正直に白状しますと、正確な年を覚えていません。それくらい、気がつけば長く、この世界で稽古を続けてきたということでもあります。

舞台にも立たせていただきました。歌舞伎座で2回、国立劇場で2回。黒紋付に袴で山台に上がり、満場のお客様を前に声を張る。あの緊張は、何百回と経験してきた企業研修の登壇とも、経営者とのコーチングセッションとも、まったく別種のものです。

なぜ、続けているのか

私はよく「私の人生の時間は、教えているか、教わっているかのどちらかです」と申し上げています。清元は、その「教わる」側の、最も大切な時間です。

研修講師やコーチという仕事をしていると、日常のほとんどで「先生」の側に立つことになります。これは、実は危険なことです。教わる側の緊張、できない悔しさ、師匠の一言で世界が変わる体験——それを忘れた講師の言葉は、どこか薄くなる。稽古場で師匠に直され、何度も同じ節をさらう時間は、私にとって「学ぶ側の感覚」を失わないための、いわば職業上の命綱でもあります。

もう一つ。清元は「間(ま)」の音楽です。音と音のあいだ、語りと語りのあいだの沈黙に、意味が宿る。声を張るところより、声を置かないところの方が難しい。——これ、コーチングとまったく同じなのです。私がセッションで沈黙を恐れなくなった背景には、もしかすると清元の稽古があるのかもしれません。

経営とコーチングと、江戸の音曲。遠いようで、私の中では一本につながっています。ご興味のある方は、動画サイトで「清元」と検索してみてください。粋な江戸の声の世界が、少しだけ覗けます。